九州国立博物館開館10周年記念特別展
戦国大名 - 九州の群雄とアジアの波涛 -

戦国時代へタイムスリップ!!

海外交流のダイナミズムを実感!!

名品との10年ぶりの再会!!

会期:

4月21日(火)〜5月31日(日)

休館日:

毎週月曜日(ただし、5月4日(月・祝)は開館)

観覧料:

一 般 1,400円(1,200円)

高大生 1,000円(800円)

小中生 600円(400円)

*(  )内は前売りおよび団体料金(有料の方が20名以上の場合)。
*障害者手帳等をご持参の方とその介護者1名は無料です。展示室入口にて障害者手帳等(*)をご提示ください。
(*)身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳、被爆者健康手帳、特定疾患医療受給者証
*満65歳以上の方は前売り一般料金でご購入いただけます。券売所にて生年月日がわかるもの(健康保険証・運転免許証等)をご提示ください。
*キャンパスメンバーズの方は団体料金でご購入いただけます。券売所にて学生証、教職員証等をご提示ください。
*チケット販売窓口では下記電子マネーがご利用いただけます。
注)ご利用いただけるのは当日券のみです。団体券・割引券等にはご利用になれません。
電子マネー
(WAON、nanaco、iD、Edy、Kitaca、Suica、PASMO、TOICA、manaca、ICOCA、nimoca、はやかけん、SUGOCA)
電子マネーアイコン

お問い合わせ:

050-5542-8600(NTTハローダイヤル午前8時〜午後10時/年中無休)

図録「戦国大名 九州の群雄とアジアの波涛」

戦国大名 - 九州の群雄とアジアの波涛 -

販売価格:2,200円(税込)
編集:九州国立博物館
発行:西日本新聞社、TVQ九州放送
制作・発売:忘羊社
題字:四宮佑次
装幀:栗田卓哉(ワーロック)
総頁数240頁(カラー205頁)
アジアの海に開かれた九州を舞台として活躍した大名たちの軌跡に迫る図録です。
大名の肖像画、武の象徴である刀剣・甲冑はもちろん、戦国の新兵器である鉄砲・大砲、大名が愛した名物茶入、アジア・ヨーロッパとの交流を物語る輸入陶磁・九州陶磁、南蛮屏風・南蛮漆器・南蛮鐘、古文書、考古遺物など、戦国の九州を彩るバリエーション豊かな作品122件を、見やすいカラー図版と読みごたえある解説でご紹介します。
論文・コラムや参考図版も充実し、読み物としてもお楽しみいただけます。

【巻頭講座】
荒木和憲「戦国大名 九州の群雄とアジアの波涛」
【特別講座】
中野等「「豊臣大名」とはなにか」
【特別寄稿】
佐伯弘次「九州の戦国大名と東アジア」
【コラム】
鹿毛敏夫「大友宗麟の国際性」
須田牧子「「倭寇図巻」の図像学」
岸本圭「貿易都市の考古学」
川畑憲子「異国への憧れ—桃山の南蛮美術」
荒木和憲「「戦国大名」と「戦国時代」」
一瀬智「戦国大名の肖像画賛」
望月規史「「きんちやう」—中世武家社会における金の音と誓約の作法」
伊藤幸司「戦国大名の外交文書」
酒井田千明「西国大名と九州・山口の陶磁」

戦国大名展紹介 約90秒

主催:
九州国立博物館・福岡県、西日本新聞社、TVQ九州放送
特別協力:
太宰府天満宮
共催:
公益財団法人九州国立博物館振興財団
後援:
文化庁、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、九州・沖縄各県教育委員会、福岡市、福岡市教育委員会、北九州市、北九州市教育委員会、太宰府市、太宰府市教育委員会、西日本リビング新聞社、FM FUKUOKA、crossfm、LOVE FM、西日本鉄道、九州旅客鉄道、一般社団法人日本自動車連盟福岡支部、NEXCO西日本九州支社、一般社団法人福岡県タクシー協会、一般社団法人福岡市タクシー協会、福岡商工会議所、太宰府市商工会、太宰府観光協会、一般社団法人日本旅行業協会、西日本文化サークル連合、西日本新聞TNC文化サークル

ごあいさつ

 本展覧会は、九州国立博物館が平成27年10月に開館10周年を迎えることを記念して開催する特別展の第一弾です。「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」という開館以来の基本コンセプトに鑑み、16世紀後半の動乱の九州、そしてアジアの海を舞台として活躍した戦国大名、ならびに戦国の気風を受け継いだ豊臣大名の姿に迫ります。

 九州北部の覇者にして遙かなる世界を見すえた大友宗麟、その強力なライバルである毛利元就・島津義久・龍造寺隆信、豊臣秀吉の時代に活躍した立花宗茂・鍋島直茂・黒田長政・加藤清正・小西行長、海を舞台として活躍した宗義智・松浦隆信など、本展覧会の主人公は一人ではありません。各大名家・菩提寺などで大切に守り継がれてきた肖像画、武具・甲冑類、遺愛道具のほか、海外交流にまつわる伝世品や考古遺物をとおして、アジアの海に開かれた九州の地を舞台として活躍した大名たちの軌跡を追います。

主催者


展覧会構成


第1章 大友宗麟の栄光と挫折

第1章の解説を読む

豊後の戦国大名・大友宗麟(1530〜87)は、西国の覇者・大内義隆の没後、一挙に九州北部の覇者となりました。東アジア・東南アジア・ヨーロッパとの貿易を推進し、キリシタン文化を受容したため、豊後府内は国際性豊かな都市に成長しました。しかし、島津義久との耳川合戦で大敗を喫し、宗麟の栄光は影をひそめました。島津軍の北上の脅威にさらされた宗麟は、豊臣秀吉の軍門に降り、徹底抗戦を貫いた家臣・立花宗茂は、豊臣大名として自立しました。宗麟の栄光と挫折の軌跡をとおして、戦国動乱の九州の歴史を紐解きます。

主な作品

大友宗麟像

重要美術品 大友宗麟像
おおともそうりん ぞう

安土桃山時代・天正15年(1587)賛 京都・大徳寺瑞峯院蔵
【展示期間】5月19日〜5月31日

大友宗麟(1530〜87)
豊後を本拠とする戦国大名・キリシタン大名。九州北部の覇者。アジア・ヨーロッパとの貿易で栄華を誇るも、島津義久との決戦に敗れて挫折した。

大友家の伝統と格式


白檀塗浅葱糸威腹巻

重要文化財 白檀塗浅葱糸威腹巻 大友家寄進
びゃくだんぬりあさぎいとおどしはらまき

室町時代・16世紀 大分・柞原八幡宮蔵
【展示期間】4月21日〜5月17日

伝統的な腹巻の形式を保ちながらも、当世具足を先取りした椎実形の兜・十一間の草摺・金箔押白檀塗りの手法が採用されています。大友家から豊後国一宮・柞原八幡宮に寄進されたもので、胸板に蒔絵で表される桐紋は、大友家が室町将軍家から使用を許されたものです。まさに守護大名から戦国大名に成長した大友家の面目躍如というべき優品です。

エキゾチックな光景


南蛮屏風

南蛮屏風
なんばんびょうぶ

江戸時代・17世紀 個人蔵

六曲一双の屏風の右隻には、日本に来航して停泊する「南蛮船」(ナウ船)、街中を歩く「南蛮人」や宣教師などが描かれています。ポルトガル商人は中国・舟山群島に拠点を構え、現地の海商のネットワークに乗じて日本との貿易に参入しました。大友宗麟膝下の豊後府内(大分市)には永禄3年(1560)まで南蛮船が直接来航していましたが、翌年からは肥前横瀬浦(長崎県西海市)が主要な来航地となりました。

過熱する豊後府内のアジア貿易


華南三彩貼花牡丹唐草文五耳壺

大分市指定有形文化財 華南三彩貼花牡丹唐草文五耳壺
かなんさんさいちょうかぼたんからくさもんごじこ

明時代・16世紀 大分・勝光寺蔵

明代に中国南部(華南)で焼成された三彩の一種で、物資を貯蔵するためのコンテナ容器として日本に運ばれてきました。勝光寺(大分市)の伝来品は、完形で伝わる貴重な作例です。豊後府内の遺跡からは同種の壺の破片が出土しており、いずれも1570年代に流入したものと考えられています。大友宗麟が東南アジアに貿易船を派遣したり、明の海商が中国南部から日本にむけて密航していた時期とも重なり、豊後府内の全盛期を物語るものといえます。

兄弟で大内義隆の遺産を継承


大内義長証状

重要文化財 大内義長証状
おおうちよしながしょうじょう

室町時代・弘治2年(1556) 山口・毛利博物館蔵

天文20年(1551)、大内義隆が重臣・陶晴賢(隆房)のクーデターにより自刃すると、事前に晴賢と通謀していた大友宗麟は、弟・義長(晴英)を大内家の後継者とすることに成功しました。この義長の証状は、遣明船の派遣の際に義隆が使用していた「日本国王之印」の木印を捺したものです。大内家の遺産を継承した宗麟・義長兄弟は、弘治2年(1556)に共同で遣明船の派遣を試みました。

脅威の最新鋭兵器


阿久根砲

鹿児島県指定有形文化財 阿久根砲
あくねほう

ポルトガル・16世紀 鹿児島・阿久根市立郷土資料館蔵

ポルトガルで鋳造された青銅製の艦載砲です。鹿児島県阿久根市の砂浜で発見されたもので、南蛮貿易の時代にさかのぼる貴重な遺物です。「南蛮屏風」に描かれる南蛮船の艦載砲は、このような形式の大砲だったのです。南蛮貿易はヨーロッパの最新鋭兵器を入手する絶好の機会であり、天正4年(1576)、大友宗麟は肥後高瀬津(熊本県玉名市)に着岸した南蛮船から陸戦用の大砲(国崩し大砲)を入手しています。


立花宗茂像
画像提供:柳川古文書館

立花宗茂像
たちばなむねしげ ぞう

江戸時代・寛永20年(1643) 柳川・福厳寺蔵

立花宗茂(1567〜1642)
筑後の大名。大友家の勇将として島津軍に抗戦。豊臣大名に抜擢されるも、関ヶ原合戦で豊臣方に参じて失脚。大坂の陣で功績をあげて旧領を回復し、柳川藩11万石の基礎を築いた。

「西国無双」の勇姿


鉄皺革包月輪文最上胴具足

鉄皺革包月輪文最上胴具足 立花宗茂所用
てつしぼかわづつみがちりんもんもがみどうぐそく

安土桃山時代・16世紀 福岡・立花家史料館蔵

立花宗茂所用の具足は2領伝来します。「伊予札縫延栗色革包仏丸胴具足 いよざねぬい のべくりいろかわつつみほとけまるどうぐそく 」が後年に着用したものであるのに対し、本具足は青年期に着用したものとされています。胴の月輪文(輪貫文)は、兜の脇立てのデザインに由来するとも、加藤清正所用の蛇目文に由来するとも考えられています。慶長5年(1600)の柳川城合戦では、宗茂は清正の説得に応じて開城し、徳川方に降伏。戦後しばらくは清正の客将として命脈を保つなど、二人の親交には深いものがありました。

秀吉が称賛した名工


短刀 銘 吉光

国宝 短刀 銘 吉光
たんとう めい よしみつ

鎌倉時代・13世紀 福岡・立花家史料館蔵

立花家の重宝として伝わる短刀で、「吉光」の銘が刻まれています。鎌倉時代の山城の刀工・粟田口吉光は、後に豊臣秀吉に天下の名工として称賛されました。その吉光の刀剣のなかでも、本作はひときわ身幅が広く、姿・刃文・地肌ともに格調の高い優品です。

戦国屈指の親衛隊


金箔押桃形兜と(金甲)

金箔押桃形兜(金甲)
きんぱくおしももなりかぶと きんこう

安土桃山〜江戸時代・16〜17世紀 福岡・立花家史料館蔵

立花宗茂の馬廻衆(親衛隊)が着用した兜。「南蛮」(ヨーロッパ)のデザインを採用し、桃のような形状をしているのが特徴的です。文禄の役の際、碧蹄館で李如松ひきいる明軍と対戦した日本軍(小早川・立花隊)のなかに「金甲倭」がいたという記録があります。


第2章 戦国九州を疾駆した大名たち

第2章の解説を読む

戦国の九州を舞台として大友氏との決戦を繰り広げた毛利元就・島津義久・龍造寺隆信、豊臣大名として九州の地に踏み入れた小早川隆景・黒田長政・小西行長・加藤清正など、戦国動乱のクライマックスを彩った大名たちの足跡を、各大名家・菩提寺などで大切に守り継がれてきた肖像画・武具甲冑・遺愛道具からたどります。

主な作品

島津義久 しまづよしひさ (1533〜1611)
薩摩を本拠とした戦国大名。九州南部を統一し、大友宗麟との決戦に勝利。一躍、九州の覇者となるも、豊臣秀吉の九州平定に屈した。
本展には安土桃山時代の島津家当主を描く「島津某像」が出品されます。

室町将軍・足利義昭が託した最後の希望


太刀 銘 康次

国宝 太刀 銘 康次 足利義昭より島津義久拝領
たち めい やすつぐ

鎌倉時代・13世紀 岐阜・光ミュージアム蔵

備中青江で制作された太刀。古青江派の代表的な刀工である康次の名が銘に刻まれています。青江派の刀剣のなかで、最も長く身幅が広い豪刀です。天正12年(1584)、備後鞆の浦に滞在していた最後の室町将軍・足利義昭が、幕府再興の望みをかけて上洛を計画した際、九州の覇者・島津義久に支援を求めて贈ったものです。


龍造寺隆信像

佐賀県重要文化財 龍造寺隆信像
りゅうぞうじたかのぶ ぞう

安土桃山時代・16世紀 佐賀・宗龍寺蔵

龍造寺隆信(1529〜84)
肥前の戦国大名。大友氏衰退の機に乗じて肥前南部を平定。さらなる勢力拡大をめざすも、島津氏との決戦に敗れて戦死した。

「肥前の熊」の豪刀


太刀 銘 康次

佐賀県重要文化財 刀(長巻直し)銘 正平十□肥州末貞 龍造寺隆信所用
かたな ながまきなおし めい しょうへいじゅう ひしゅうすえさだ

南北朝時代・正平10年代(1355~64) 佐賀・鍋島報效会蔵

肥前で制作された長巻(大太刀)。塚崎庄(佐賀県武雄市)に住したという刀工・末貞の銘が刻まれています。後世に長巻から刀に改装されましたが、「肥前の熊」と恐れられた龍造寺隆信の剛勇ぶりを伝えて余りあります。


小早川隆景像

重要文化財 小早川隆景像
こばやかわたかかげ ぞう

安土桃山時代・文禄3年(1594)賛 広島・米山寺蔵

小早川隆景(1533〜97)
伊予・筑前・筑後・肥前の大名。父・毛利元就の九州進出の最前線として活躍。豊臣秀吉に抜擢され、伊予、ついで筑前一国・筑後2郡・肥前2郡を治めた。

隆景ゆかりの絵師の大作


梅に鴉図襖

重要文化財 梅に鴉図襖 雲谷等顔または雲谷等益筆
うめにからすずふすま

安土桃山~江戸時代・16~17世紀 京都国立博物館蔵

黒田家の居城・福岡城(福岡市中央区)の本丸御殿「梅の間」を飾った襖絵です。伝承では、もとは天正15年(1587)に筑前入国をはたした小早川隆景の居城・名島城(福岡市東区)の襖絵であり、作者は毛利輝元(隆景の甥)の御用絵師・雲谷等顔とされてきました。しかし、最近では、絵画の様式分析から作者を等顔の子・等益とみなし、名島城の襖絵ではないとする見解もあります。いずれにしても、金地に水墨を用いて描き上げた絵画としては年代が古く、また雲谷派の大画面の優品として貴重です。


加藤清正像

加藤清正像
かとうきよまさ ぞう

江戸時代・17世紀 熊本・本妙寺蔵

加藤清正(1562〜1611)
肥後の大名。武勲派の豊臣大名として肥後北部を治める。関ヶ原合戦で徳川方として武功をあげ、 肥後一国を治め、熊本藩54万石の基礎を築いた。

当代随一の猛将の風雅な横顔


蒔絵調度類

重要文化財 蒔絵調度類 加藤清正奉納
まきえちょうどるい

安土桃山時代・16世紀 熊本・本妙寺蔵

桃山時代の漆工技術の粋をあつめた調度類。加藤清正が奉納した香箱・椀・膳・懸盤・盃台など12点が菩提寺・本妙寺に伝来しています。この飯器は、もとは豊臣秀吉の九州平定軍を指揮した尾藤知宣の所用品でしたが、知宣が薩摩・根白坂合戦での失態により改易されたため、清正が引き継いだものと伝えられます。


黒田長政像

福岡県指定有形文化財 黒田長政像
くろだながまさ ぞう

江戸時代・寛永2年(1625) 福岡・崇福寺蔵

黒田長政(1568〜1623)
豊前・筑前の大名。武勲派の豊臣大名として、豊前6郡を治める。関ヶ原合戦で徳川方として武功をあげ、小早川秀秋に替わって筑前一国を治め、福岡藩52万石の基礎を築いた。

勇猛果敢のしるし


黒漆塗桃形大水牛脇立兜

重要文化財 黒漆塗桃形大水牛脇立兜 黒田長政所用
くろうるしぬりももなりおおすいぎゅうわきだてかぶと

安土桃山時代・16世紀 福岡市博物館蔵

黒田長政が所用した「黒漆塗桃形大水牛脇立兜」は2頭伝来します。本兜は、若き日の長政が戦場で着用したとされるものです。もう1頭の兜と比べると、大水牛の脇立が小ぶりであるなど、全体的に軽いことが特徴で、より実戦向きであることがわかります。関ヶ原合戦など、数多の合戦で武名をとどろかせた長政の勇猛果敢ぶりを見事に伝えています。


小西行長 こにしゆきなが (?〜1600)
肥後中部の豊臣大名・キリシタン大名。文禄・慶長の役では戦争の回避・終結に尽力。関ヶ原合戦で豊臣方の主軸を担い、はかなくも刑場の露と消えた。

往時の栄光がただよう


梅花皮写象牙鞍

梅花皮写象牙鞍 伝小西行長所用
かいらぎうつしぞうげくら

安土桃山時代・16世紀 個人蔵

梅花皮を模した象牙をふんだんに散りばめた美麗な鞍。小西行長が息女・マリアを対馬の大名・宗義智に嫁がせた際に持たせたものといいます。関ヶ原合戦で行長は斬罪に処されてしまい、徳川政権下での生き残りを図る義智は、マリアを離縁しました。行長の栄光と悲劇を伝える名品です。


第3章 九州の大名とアジアの海

第3章の解説を読む

大内氏の遺産を継承してアジア貿易をめざす毛利元就、九州の覇者として琉球王国への外交圧力を強める島津義久、海の武士団から大名に成長した松浦隆信、豊臣・徳川政権下で朝鮮王朝との国交維持に奔走した宗義智、朝鮮の磁器技術を肥前に根付かせた鍋島直茂。安土桃山時代から江戸時代初期にかけての海外交流にまつわる伝世品から、アジアの海と向き合う大名たちの姿に迫ります。

主な作品

毛利元就 もうりもとなり (1497〜1571)
安芸を本拠とする戦国大名。中国西部の覇者。貿易港・博多の支配をめざして九州に進出し、大友宗麟と対決するも、出雲尼子氏の南下に備えて撤退。子の吉川元春・小早川隆景と孫の輝元に後事を託し、75年の生涯の幕を閉じた。
本展には重要文化財 毛利元就寿像(山口・豊栄神社)が期間限定で出品されます。【展示期間】4月21日〜5月10日

アジア貿易の夢は輝元が受け継ぐ


日明貿易船旗

重要文化財 日明貿易船旗
にちみんぼうえきせんき

安土桃山/明時代 天正12/万暦12年(1584) 個人蔵
【展示期間】4月21日〜5月17日

毛利輝元(元就の孫)の家臣で赤間関(山口県下関市)の代官である高須家の家紋を墨描する船旗。天正12年(1584)に高須元兼が「大明国泉州府晋江県」の海商と約束を交わし、翌年に赤間関に入港する際の証明としたものです。博多を拠点とする遣明船の時代の終焉をうけ、毛利氏は頻繁に来航する明の海商を保護して貿易を行う方針を打ち出していたのです


松浦隆信像

松浦隆信像
まつらたかのぶ ぞう

江戸時代・18~19世紀 長崎・松浦史料博物館蔵

松浦隆信(1529〜99)
肥前・壱岐の大名。海の武士団・松浦党の流れをくむ。平戸を拠点として肥前北部・壱岐に勢力を拡大し、明から来航する商船との貿易を振興。平戸藩6万石の基礎を築いた。

海の武士団の余韻


素懸紅糸威腹当

素懸紅糸威腹当
すがけべにいとおどしはらあて

室町時代・16世紀 長崎・松浦史料博物館蔵

腹当は胴丸・腹巻よりも簡易な形式の鎧。平安時代末期以降、肥前の松浦地方(佐賀県北部・長崎県西部)には「松浦党」と称される海の武士団が割拠していましたが、戦国動乱期、平戸を本拠とする松浦氏が松浦地方・壱岐島を平定して大名に成長しました。松浦家に伝来する現存稀な腹当は、海の武士団としての余韻を残しています。


宗義智像

対馬市指定有形文化財 宗義智像
そうよしとし ぞう

江戸時代・17世紀 長崎・万松院蔵

宗義智(1568〜1615)
対馬の大名。文禄・慶長の役では義父・小西行長とともに戦争の回避・終結に尽力。関ヶ原合戦後、徳川政権下で日朝国交回復に尽力し、対馬藩10万石の基礎を築いた。

決死の朝鮮国書改竄


為政以徳印

重要文化財 為政以徳印
いせいいとくいん

安土桃山時代・16世紀 九州国立博物館蔵

対馬の宗氏は、室町時代から朝鮮との外交・貿易に重要な地位を占めていました。天正18年(1590)、宗義智は朝鮮王朝との戦争を避けるため、豊臣秀吉宛の朝鮮国書を改竄しました。このとき使用したのが偽造印である「為政以徳」印です。義智は、徳川政権下では、両国の国書を偽造・改竄するという奇策によって日朝国交回復を実現させました。


鍋島直茂像

鍋島直茂像
なべしまなおしげ ぞう

江戸時代・貞享2年(1685)佐賀・高傳寺蔵

鍋島直茂(1538〜1618)
肥前の大名。龍造寺家の重臣として隆信死後の主家を支える。関ヶ原合戦では当初豊臣方に参じたが、徳川方に寝返り、柳川城の立花宗茂を攻略。佐賀藩36万石の基礎を築いた。

直茂・勝茂二代で花ひらく陶磁文化


色絵山水竹鳥文輪花大皿

重要文化財 色絵山水竹鳥文輪花大皿 鍋島勝茂所用
いろえさんすいたけとりもんりんかおおざら

江戸時代・17世紀 佐賀・鍋島報效会蔵

鍋島直茂・勝茂父子は、文禄・慶長の役の戦時下で龍造寺家臣団を統合して事実上の大名となり、佐賀藩の基礎を築くかたわら、朝鮮陶工を保護して磁器の国産化を奨励しました。本作品は、肥前有田の色絵創始期の作例で、明・景徳鎮窯製の「色絵山水竹鳥文輪花大皿」を忠実に写したものです。初代藩主勝茂が菩提寺・高傳寺に寄進しましたが、大正時代に鍋島家に返納されました。


名品との再会

「名品との再会」の解説を読む

平成17年10月の開館記念特別展「美の国日本」では、九州ゆかりの名品の数々が観覧者を魅了しました。あれから10年。開館10周年記念特別展の第1弾である本展覧会では、「美の国 日本」の同窓ともいうべき作品9件が集結します。珠玉の名品との再会をお楽しみください。

主な作品

平戸松浦家に伝来した逸品


婦女遊楽図屏風
婦女遊楽図屏風
入江宏太郎撮影

国宝 婦女遊楽図屏風(松浦屏風)
ふじょゆうらくずびょうぶ まつらびょうぶ

江戸時代・17世紀 奈良・大和文華館蔵
【展示期間】5月19日〜5月31日

金地の屏風に遊女と遊里で養われている童女を等身大に近い大きさで描いたものです。豪華な衣裳を身にまとう女性たちの周りには、ウンスンカルタ、ガラス、タバコ、キセルなどの南蛮貿易の渡来品が描かれています。立ち姿の女性の胸には数珠が掛かっていますが、十字架の部分がかき消されています。この女性はキリスト教の信徒で、本来はロザリオを身につけた姿で描かれていたのでしょう。南蛮貿易・キリシタンの時代を彷彿とさせる作品です。

誉れ高き天下の三名物


唐物茶入 銘 新田肩衝 大名物
徳川ミュージアム・イメージアーカイブ/DNPartcom

重要美術品 唐物茶入 銘 新田肩衝 大名物 細川晴元・大友宗麟・豊臣秀吉・徳川家康所用
からものちゃいれ めい にったかたつき おおめいぶつ

南宋時代・13世紀 茨城・徳川ミュージアム蔵

「肩衝」という肩が強く張るタイプの茶入は、唐物茶入のなかでも、茶会で最もよく使用されたものです。茶の湯が隆盛した安土桃山時代、戦国武将たちはこぞって茶の湯をたしなみ、「名物」と評価された茶器は、一国一城に匹敵する価値をもちました。この「新田肩衝」の銘をもつ茶入は、「天下の三名物」と称賛された名品で、全盛期の大友宗麟が愛用したものです。ところが、天正13年(1585)、島津軍の北上で窮地に陥った宗麟は、豊臣秀吉の支援を期待し、この茶入を売り渡しました。その後、慶長20年(1615)の大坂夏の陣で焼失した大坂城の焼け跡から発見され、徳川家康の手中に帰し、のちに水戸徳川家に形見分けされました。戦国乱世をくぐりぬけた数奇な運命をもつ茶入といえるでしょう。


体験コーナー「戦国大名の手紙」

体験コーナー「戦国大名の手紙」の解説を読む

本展では、戦国大名たちの手紙をテーマにした体験コーナーを用意しました!
礼儀作法を重んじる戦国大名たちの手紙には、様々な決まりごとがありました。手紙の用紙や封の仕方、サインなど、戦国大名たちの手紙文化を実際に体験してみましょう!

戦国大名の手紙1 紙の種類


戦国大名の手紙1 紙の種類

戦国大名たちの手紙と同じ種類の紙、さらに原材料に触れます。

戦国大名の手紙2 手紙の包み方


戦国大名の手紙2 手紙の包み方

手紙の包み方の一つ「切封(きりふう)」を体験します。

戦国大名の手紙3 花押


戦国大名の手紙3 紙の種類

戦国大名たちが手紙に使ったサインである「花押(かおう)」。手本を見ながら、画面にオリジナル花押を書いてみましょう。(筆アプリはZen Brushを使用しています。)


資料(関連年表・勢力図)


戦国大名展TVCM 15秒


*(訂正)配付中のチラシには、立花宗茂の生年を1569年と記載しておりますが、現在では1567年とみる説が有力です。訂正してお詫びいたします。