始皇帝と大兵馬俑

会 期:

3月15日(火)〜6月12日(日)

休館日:

毎週月曜日 *ただし、3月21日(月・振休)、5月2日(月)は開館。3月22日(火)は休館

観覧料:

一 般 1,600円(1,400円)

高大生 1,000円(800円)

小中生 600円(400円)

*( )内は前売りおよび団体料金(有料の方が20名以上の場合)。
*上記料金で九州国立博物館4階「文化交流展(平常展)」もご観覧いただけます。
*障がい者手帳等をご持参の方とその介護者1名は無料です。展示室入口にて障がい者手帳等(*)をご提示ください。
(*)身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳、被爆者健康手帳、特定疾患医療受給者証
*満65歳以上の方は前売り一般料金でご購入いただけます。券売所にて生年月日がわかるもの(健康保険証・運転免許証等)をご提示ください。
*キャンパスメンバーズの方は団体料金でご購入いただけます。券売所にて学生証、教職員証等をご提示ください。
*チケット販売窓口では下記電子マネーがご利用いただけます。
注)ご利用いただけるのは当日券のみです。団体券・割引券等にはご利用になれません。
電子マネー
(WAON、nanaco、iD、Edy、Kitaca、Suica、PASMO、TOICA、manaca、ICOCA、nimoca、はやかけん、SUGOCA)
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特別展「始皇帝と大兵馬俑」60秒

お問い合わせ:

050-5542-8600(NTTハローダイヤル 午前8時〜午後10時/年中無休)

主催:
九州国立博物館・福岡県、陝西省文物局、陝西省文物交流中心、NHK福岡放送局、NHKプラネット九州、西日本新聞社、朝日新聞社
共催:
九州国立博物館振興財団
協賛:
野崎印刷紙業
特別協力:
太宰府天満宮
協力:
全日本空輸
後援:
中国大使館、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、九州・沖縄各県教育委員会、福岡市、福岡市教育委員会、北九州市、北九州市教育委員会、太宰府市、太宰府市教育委員会、西日本リビング新聞社、FM FUKUOKA、cross fm、LOVE FM、西日本鉄道、九州旅客鉄道、日本自動車連盟福岡支部、NEXCO西日本九州支社、福岡県タクシー協会、福岡市タクシー協会、福岡商工会議所、太宰府市商工会、太宰府観光協会、日本旅行業協会、西日本文化サークル連合、西日本新聞TNC文化サークル

永遠なる世界が今、ここに。行こう、九博へ! 

前221年、秦の国王・嬴政(えいせい)は、戦国の乱世を勝ち抜いて天下統一を果たし、始皇帝を名乗りました。始皇帝は生前から自身の陵園の造営に着手し、その巨大な陵墓のほど近くに埋められた8000体の陶製の兵士や馬 - 兵馬俑 - は、20世紀最大の考古学的発見ともいわれています。
本展では、最新の発掘成果を取り入れながら、秦王朝と始皇帝にまつわる重要かつ多彩な文物を一堂に紹介します。西方の小国であった秦は、かつて黄河流域を中心に一大勢力を誇った西周王朝とどのような関係にあったのでしょうか。また近年明らかになりつつある秦の帝都と陵園の実像とはどのようなものでしょうか。
そして始皇帝は兵馬俑に何を託したのでしょう。約120件の展示品を通して、知られざる秦王朝と始皇帝の実像に迫ります。


展覧会構成


第一章 秦王朝の軌跡 - 周辺の小国から巨大帝国へ

第一章の解説を読む

秦は、かつて黄河流域を中心に一大勢力を誇った西周王朝に帰属する小国でした。その秦の遺跡からは、西周王朝のものと見まがうほどの装飾品や、儀礼の道具が出土しています。
これにより、秦が多分に西周王朝を意識していたことがうかがえるわけですが、そこには西周の次に天下を治めるのは自分たちであるとの意気込みが見え隠れします。

主な作品

かたちは西周王朝にならい銘文は秦を賛美


秦公鐘

秦公鐘
しんこうしょう

春秋時代・前8〜前5世紀
宝鶏市楊家溝太公廟村出土
宝鶏青銅器博物院

姿かたちは西周王朝の鐘そのものの秦の鐘。
鋳込まれた銘文には先祖の加護のもと秦の領土が拡大するよう祈念。

秦が手本とした西周王朝の装飾品


玉胸飾り

玉胸飾り
ぎょくむねかざり

西周時代・前10 〜前9世紀
扶風県強家村出土
宝鶏市周原博物館

玉の淡い緑と瑪瑙(めのう)の赤の取り合わせは、西周王朝の王侯が高い身分のしるしとして身に着けたもの。その意匠は秦へと引き継がれます。

北方草原とつながる豪華な短剣


玉剣・金剣鞘

玉剣・金剣鞘
ぎょくけん・きんけんさや

春秋時代・前8〜前7世紀
韓城市梁帯村27号墓出土
韓城市梁帯村古墓葬群文物保護管理所


第二章 始皇帝の実像 - 発掘された帝都と陵園

第二章の解説を読む

始皇帝の生前の住まいである咸陽(かんよう)宮殿と、いわば死後の住まいである陵園から出土した建築部材を通して、始皇帝時代の実像に迫ります。

主な作品

秦の宮殿に整備された最先端のインフラ


取水口・水道管

取水口・水道管
しゅすいこう・すいどうかん

戦国〜秦時代・前3世紀
咸陽市咸陽宮殿址出土
秦咸陽宮遺址博物館

秦の都、咸陽に築かれた宮殿建築には、最先端のインフラが整備されていました。それがこの下水道管。下水道管は地中に埋設するため、土圧に耐え得る堅牢さが要求されます。そこで採用されたのが粘土を叩き締めるという技法。のちにその技術は、始皇帝陵の建設や兵馬俑の製作にも応用されました。


第三章 始皇帝が夢見た「永遠の世界」 - 兵馬俑と銅車馬

第三章の解説を読む

兵馬俑の傑出した写実性は、始皇帝が死後も皇帝として永遠に世界を支配しようとしていたことを物語ります。また、実物の2分の1で作られた銅車馬は、始皇帝の霊魂の行く末を暗示します。

主な作品

兵馬俑の成立前史 手乗りサイズの俑


騎馬俑

騎馬俑
きばよう

戦国時代・前4〜前3世紀
咸陽市塔児坡28057号墓出土
咸陽市文物考古研究所

手のひらにのるほどの小さな騎馬俑。秦では、現実世界の人や物をこのように小型化させるなどして墓に納める習慣が、他地域に先んじて広まりました。こうした発想は、のちに始皇帝の兵馬俑へと継承されたと考えられます。

将軍俑

将軍俑
しょうぐんよう

西安市臨潼区
秦始皇帝陵
1号兵馬俑坑出土

軍吏俑

軍吏俑
ぐんりよう

西安市臨潼区
秦始皇帝陵
1号兵馬俑坑出土

立射俑

立射俑
りっしゃよう

西安市臨潼区
秦始皇帝陵
2号兵馬俑坑出土


兵馬俑
へいばよう

秦時代・前3世紀
秦始皇帝陵博物院

8000体ともいわれる兵馬俑は、基本的に等身大。顔の表情はどれも異なり、現実世界をそのままに引き写そうという徹底ぶりのほか、始皇帝が、死後もなお皇帝であり続けようとしたことがうかがえます。兵馬俑こそは始皇帝の永遠なる夢を体現したものといえるでしょう。

始皇帝の霊魂を載せた車とその先導役の車


1号銅車馬

1号銅車馬

2号銅車馬

2号銅車馬


1号銅車馬・2号銅車馬
どうしゃば

原品:秦時代・前3世紀
西安市臨潼区秦始皇帝陵銅車馬坑出土
秦始皇帝陵博物院

始皇帝陵の西面、墳丘に寄り添うように築かれた地下坑から、2輛の銅車馬が出土しました。始皇帝の霊魂を載せた車とその先導役の車であると考えられています。本展では、秦始皇帝陵博物院が製作した精巧な複製を展示します。(写真は原品)

*秦始皇帝陵博物院所蔵作品写真は © 陝西省文物局・陝西省文物交流中心・秦始皇帝陵博物院
*それ以外の所蔵の作品写真はいずれも© 陝西省文物局・陝西省文物交流中心