顔の左半分が欠けてしまった土面。目も口もまん丸に表現された、ユーモラスな表情のいやし系です。
名前も形も変わった器、𤭯。胴体に開いた穴に竹筒を差して注ぎ口にしていたと考えられていますが、本当なのでしょうか。
この黒曜石の破片は偶然割れてできたのではありません。同じくらいの大きさ、薄さの破片を作ることはとっても難しいのです。高度に完成された技でした。
装飾用の馬具です。今では錆びてしまっていますが、古墳に副葬された時は黄金色に光輝いていました。古墳時代の有力者は黄金色がお好みだったようです。
格子模様や横縞模様が配された、シックで現代的な印象の茶碗。見れば見るほどかっこいい。
弥生時代の日本列島ではガラス玉が大流行。しかし、輸入品なので身につけることができたのは、一部のセレブだけでした。
合計100基以上もある古墳群を測量し、そのデータに基づいて作った模型。力作です。
東北地方北部独特の形の縄文土器。形も文様も派手ではないけれど、すっきりと洗練された印象を与えます。
大きな勾玉に小さな勾玉をたくさんくっつけた形をしたものを子持勾玉といいます。この子持勾玉はなんだか動物のように見えますね。
江差沖に沈没した徳川幕府の軍艦、開陽丸。海中から引き揚げられた開陽丸の積荷や船体の一部を、江差高校化学部が保存処理しました。
玉川学園構内にある本部台遺跡の発掘調査で出土した深鉢。本部台遺跡の調査には、学年を問わず多くの学生、生徒が参加しました。