特別展

特別展『平山郁夫 シルクロードの軌跡 - 人類の遺産にかけた画家の人生 -

会期

平成24年4月3日(火)〜5月27日(日)

休館日

月曜日

*ただし4月30日(月・休)は開館

会場

九州国立博物館 3階 特別展示室

開館時間

午前9時30分〜午後5時

(入館は午後4時30分まで)

出品目録

観覧料

一 般 1,300円(1,100円)

高大生 1,000円(800円)

小中生 600円(400円)

*( )内は前売りおよび団体料金(20名以上の場合)です。
*上記料金で九州国立博物館「文化交流展(平常展)」もご覧いただけます。
*障がい者等とその介護者1名は無料です。展示室入口にて、障害者手帳等をご提示ください。
*満65歳以上の方は前売り一般料金でご入場いただけます。チケット購入の際に年齢が分かるもの(健康保険証・運転免許証等)をご提示ください。
*キャンパスメンバーズの方は団体料金でご入場いただけます。チケット購入の際に学生証、教職員証等をご提示ください。

主催

九州国立博物館・福岡県、西日本新聞社、NHK福岡放送局、NHKプラネット九州、朝日新聞社

共催

(財)九州国立博物館振興財団

企画協力

平山郁夫シルクロード美術館

特別協力

太宰府天満宮

協賛

(財)福岡文化財団

後援

文化庁、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、九州・沖縄各県教育委員会、福岡市教育委員会、北九州市教育委員会、太宰府市、太宰府市教育委員会、西日本リビング新聞社、cross fm、FM FUKUOKA、LOVE FM、西日本鉄道、九州旅客鉄道、一般社団法人日本自動車連盟福岡支部、NEXCO西日本九州支社、(社)福岡市タクシー協会、福岡商工会議所、太宰府市商工会、太宰府観光協会、一般社団法人日本旅行業協会九州支部、NHK文化センター、西日本文化サークル連合、西日本新聞TNC文化サークル

お問い合わせ

050-5542-8600(NTTハローダイヤル午前8時〜午後10時)

ごあいさつ

 日本画家で文化勲章受賞者の平山郁夫氏(1930〜2009年)は、62年にわたる作画活動とともに世界各地で崩壊の危機に瀕している文化遺産に対する保護活動を通して、世界平和を希求し続けました。そこには15歳で被爆した自身の体験に基づき、文化遺跡を守ることは平和への道に通じるという強い信念がありました。

 中国・唐時代の求法僧玄奘三蔵は数々の困難にもかかわらずはるかインドまで行き、十数年後に大量の経典類を祖国へ持ち帰りました。玄奘のもたらした経典は唐代仏教の発展、ならびにわが国の仏教興隆に大きく寄与しました。平山氏は、体調の悪化や芸術上の悩みで苦しみながら玄奘三蔵のなしたことの数々を思い、新たな画境を獲得しました。1966年(昭和41)のトルコ滞在を皮切りに、玄奘三蔵の足跡を追ってシルクロードの取材旅行を開始し、仏教伝来の道とシルクロードは、平山氏にとって生涯変わることのない重要なテーマでした。人、商品、文化、思想、宗教などさまざまなものが行き交った道・シルクロードやユーラシア全土への取材旅行は40年間に150回以上に及び、その累積移動距離は、実に地球9周分にあたる40万キロに達したといいます。平山氏はまさに不世出の偉大なる旅人として、自ら現地にたち、その感動を絵画化する現地主義を貫き通しました。

 平山氏が1980年代から提唱してきた「文化財赤十字」構想は、消滅の危機に瀕している世界中の優れた文化遺産・文化財を、国際協力によって地球規模で保護し、後世へ伝えようというものです。日本人による国際貢献の一つのあり方として、大きな成果を挙げながら今日に至っています。

 本展覧会は、平山郁夫画伯の本画・下図・素描・スケッチや、作画のための研究材料として収集された平山郁夫夫妻コレクションの美術品と関連作品をあわせて展示するとともに、各地の文化遺産保護活動を紹介するものです。あまり知られていない平山氏の画業以外の分野における重要な取り組みについて知っていただけるまたとない機会となることでしょう。

 本展の開催にあたり、企画協力をいただきました平山郁夫シルクロード美術館の平山美知子館長および貴重な作品をご出品いただきました国内外の関係諸機関の皆様に心より御礼申し上げます。

2012年 主催者

展覧会構成
*画像はクリックすると拡大します。
第1章 釈迦追慕 しゃかついぼ

 小さい頃から絵を描くことが大好きだった平山郁夫氏(1930〜2009)は、終戦後、寄宿していた、大伯父にあたる清水南山東京美術学校彫金科教授(1875〜1948)に勧められるまま東京美術学校を受験し、16歳の若さで日本画科予科に合格しました。
 東京藝術大学美術学部日本画科副手採用によって、前田青邨教授に師事することとなり、画家としても順調なスタートを切りました。その頃の画風は、瀬戸内海に浮かぶ故郷生口島の人々や風景を叙情的に描くものでした。数年後には、急性白血病による体調不良と芸術上の悩みに苦しみながらも、玄奘三蔵の求法の旅に着想を得た「仏教伝来」(佐久市立近代美術館所蔵)を完成し、画家としての新しいスタートを切ることに成功しました。その後、釈迦の生涯にまつわる物語(仏伝)を幻想的に、また文学的に解釈する「仏伝シリーズ」を描き続けます。
 第1章では、画家としてのその後の展開を決定づけた「仏伝シリーズ」から釈迦の誕生および涅槃に関わる絵画作品2点と、パキスタン、ガンダーラとアフガニスタンゆかりの古代仏教彫刻作品で、釈迦の生涯をたどります。

主な作品
 

入涅槃幻想(にゅうねはんげんそう)
平山郁夫筆 1961年 東京国立近代美術館所蔵

写実的な実景描写を離れ、新たな画境を確立した「仏伝シリーズ」の代表作。人物の表情や輪郭は曖昧となり、幻想的な雰囲気に満ちており、この作品の完成には義父の死に立ち会った体験が生かされたという。日本美術院賞(大観賞)受賞作品(第46回院展)。

第2章 壁画模写と文化財保護

 第1回ユネスコフェローシップ奨学生となった32歳の平山氏は、半年間にイタリア・フランス・イギリス・オランダ・ドイツを周遊し、キリスト教を背景とするヨーロッパ文明に圧倒されました。そして仏教を基礎とする東洋の分厚い伝統を背負った日本画を描かなければならないと感じたといいます。
 36歳でトルコ・カッパドキアの、また43歳でイタリア・アッシジのキリスト教会壁画をそれぞれ模写しただけでなく、37歳で奈良・法隆寺金堂第3号壁画の復元模写と43歳で奈良・高松塚壁画を模写し、東西の優れた古代壁画に親しく接する得難い体験を重ねました。「仏教伝来」以降切望していた玄奘三蔵の故郷・中国を訪問できたのは45歳のことでした。仏教壁画の宝庫・敦煌の地に立つにはそれからさらに4年を要しました。そして敦煌莫高窟保存運動の第一歩が始まりました。
 また、カンボジアのアンコール遺跡保存のために60歳でアンコールワットを21年ぶりに再訪し、直後にユネスコ主導でアンコール遺跡を修復することが宣言されます。平山氏は、世界遺産保護修復を担当するユネスコ親善大使としてアンコール修復計画実現に協力したほか、高句麗古墳遺跡群の世界文化遺産登録を北朝鮮政府にうながしてその実現に尽力しました。こうした文化財保護活動にかけた氏の軌跡をご覧下さい。

主な作品
 

聖母子像(せいぼしぞう)
平山郁夫筆 1973年 東京藝術大学大学美術館所蔵
(原品 イタリア、アッシジ サンフランチェスコ大聖堂壁画 チマブーエ筆 13世紀)

平山氏によれば、乾いた漆喰壁に絵の具で描くチマブーエの画法は、平面の処理方法や装飾性の点で日本画と共通した感覚があるという。イタリア初期ルネッサンスの巨匠チマブーエ作品を模写したもの。

 

法隆寺金堂壁画第3号壁再現模写
(ほうりゅうじこんどうへきがだい3ごうへきさいげんもしゃ)

平山郁夫筆 1967年 奈良 法隆寺所蔵
(原品 奈良 法隆寺金堂壁画 7世紀)

奈良・法隆寺金堂の南面東端小壁に描かれた観音菩薩立像。1949年(昭和24)1月の火災で焼損した金堂第3号壁壁画を、戦前の写真資料を参考に、一人で復元模写した。

シビ王本生壁画模写

シビ王本生壁画模写(シビおうほんじょうへきがもしゃ)
段文傑筆 中国、甘粛省 敦煌研究院所蔵
(原品 中国、甘粛省 敦煌莫高窟254窟壁画 北魏6世紀)

シビ王本生壁画模写(シビおうほんじょうへきがもしゃ)
段文傑筆 中国、甘粛省 敦煌研究院所蔵
(原品 中国、甘粛省 敦煌莫高窟254窟壁画 北魏6世紀)

帝釈天の化身である飢えた鷲から、自らの肉と引換に鳩の命を救おうとしたシビ王の物語。前世の釈迦の善行を示す説話である本生譚(ジャータカ)の一つ。シビ王の徹底した自己犠牲と慈悲心を知った帝釈天は、王をもとの姿に戻したという。初代敦煌研究院院長段文傑氏(1917〜2011)による壁画模写。

女神立像

女神立像(じょしんりょうぞう)
アンコール時代 12世紀 カンボジア、プリア・コー 東京国立博物館所蔵

女神立像(じょしんりょうぞう)
アンコール時代 12世紀 カンボジア、プリア・コー 東京国立博物館所蔵

頭部および両手を欠失するため尊像名の特定はできないが、ヒンドゥー教女神と考えられる。直立した姿勢と形式化した腰布の表現から、12世紀の作品とみてよい。

ナーガ上の仏陀坐像

ナーガ上の仏陀坐像(ナーガじょうのぶっだざぞう)
アンコール時代 12世紀 カンボジア、アンコール・トム 東京国立博物館所蔵

ナーガ上の仏陀坐像(ナーガじょうのぶっだざぞう)
アンコール時代 12世紀 カンボジア、アンコール・トム 東京国立博物館所蔵

両手で禅定印を結び瞑想にふける仏陀を、七つの頭をもつ蛇神ナーガは自らの体をひろげて傘となり、風雨から守ったという。アンコール時代を中心に、東南アジア各地で好んで造形化された仏伝のエピソード。

第3章 シルクロードと仏教伝来の道

 シルクロードは、西のローマと東の長安、さらにはわが国の奈良を結ぶ交易路を指し、その名前は西方世界では生産できなかった絹織物が東から西へ運ばれたことに由来します。草原の道、砂漠地帯を通るオアシスの道、そして海の道の3種類が知られています。紀元前4世紀に活躍したアレクサンダー大王の東征にともない、ギリシャ文化がペルシャ文化と融合しながら、東へと伝えられました。シルクロード沿いの遺跡を描いた平山氏の絵画と、地中海に接するシリアや西方文化が及んだアフガニスタンの美術などをご紹介します。
 釈迦族の王子ゴータマ・シッタールダが創始した仏教は、もともと礼拝対象としての偶像を持たず、釈迦を法輪や菩提樹などによって象徴的に表現する長い無仏像の時代を経て、ガンダーラとマトゥラーで、紀元1世紀頃仏像が出現しました。仏教が周辺諸国でも受け入れられるようになり、仏像も西域、中国、そして日本へと伝えられるようになったのです。氏の絵画とともに、各地で花開いた仏教美術の精華をご覧ください。
 仏教伝来の道の終着点である奈良の東大寺では、752年(天平17)に聖武太上天皇臨席のもとで大仏開眼会が行われました。(「大仏開眼記図」〈4月3日〜30日展示〉。)聖武天皇遺愛の品々などが8世紀以降散逸せず今日まで伝えられたことは、日本人が昔から古い伝統や品物を大事にしてきたことを如実に示しています。奈良時代の正倉院に伝来した染織品など(5月1日〜28日展示)を通して、宝物を守り伝えた先人たちの苦労や我々が今後担っていくべき責任についてこの機会に是非思いを馳せてみてください。

主な作品
 

パルミラ遺跡を行く・夜(パルミラいせきをいく・よる)
平山郁夫筆 2006年 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

地中海とペルシャを結ぶシルクロード上のオアシス隊商都市パルミラは、3世紀、ゼノビア女王のもと最盛期を迎えたが、ローマ帝国によって滅ぼされた。廃墟と化したパルミラ遺跡とラクダのキャラバンを描く。

女性胸像

女性胸像(じょせいきょうぞう)
2〜3世紀 シリア、パルミラ 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

女性胸像(じょせいきょうぞう)
2〜3世紀 シリア、パルミラ 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

大きく目を見開き、豪華な装飾品を身につけた正面向きの女性の胸像。ロッカー状に壁に彫り込まれた、一族の墓の扉にあたる部分に嵌め込まれていたもの。

赤地猪頭円文刺繍裂

赤地猪頭円文刺繍裂(あかじちょとうえんもんししゅうぎれ)
6世紀 中央アジア、ソグド地方 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

赤地猪頭円文刺繍裂(あかじちょとうえんもんししゅうぎれ)
6世紀 中央アジア、ソグド地方 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

連珠円文の中に、ペルシャの戦勝神ウルスナグナの化身の一つで再生・不死を象徴する猪頭を、数種類の色糸を用いた刺繍で表現する。類品に矢筒袋(九州国立博物館所蔵)がある。

欄楯柱

欄楯柱(らんじゅんちゅう)
シュンガ朝前 2〜1世紀 インド 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

欄楯柱(らんじゅんちゅう)
シュンガ朝前 2〜1世紀 インド 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

仏塔などの垣に用いる四角柱で、ヤクシーなどインド土着の神々の姿をあらわす。豪華な装飾品を身につけたヤクシーは、豊饒を象徴する女神であるが、守護神としての役割も持つ。

菩薩半跏思惟坐像

菩薩半跏思惟坐像(ぼさつはんかしゆいざぞう)
クシャーン朝 2〜3世紀 パキスタン、ガンダーラ 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

菩薩半跏思惟坐像(ぼさつはんかしゆいざぞう)
クシャーン朝 2〜3世紀 パキスタン、ガンダーラ 山梨 平山郁夫シルクロード美術館所蔵

椅子に坐り片足を膝にのせて物思いにふける姿を半跏思惟という。菩薩は、豪華な装飾品を身につけた王子の姿で、左手には蓮花を持っている。ガンダーラでは、本像のような、ギリシャ・ローマ彫刻を思わせる仏菩薩像が多く作られた。

 

破壊されたバーミアン大石仏(はかいされたバーミアンだいせきぶつ)
平山郁夫筆 2003年 広島 平山郁夫美術館所蔵

2001年3月、イスラム原理主義タリバーン政権は、バーミアンの大仏2体を砲撃・破壊した。平山氏は、これらを復元せず、負の遺産として現状保存するよう主張した。

舎利容器

舎利容器(しゃりようき)
6〜7世紀 中国、新疆ウイグル自治区クチャ スバシ 東京国立博物館所蔵

舎利容器(しゃりようき)
6〜7世紀 中国、新疆ウイグル自治区クチャ スバシ 東京国立博物館所蔵

くりぬいた丸太に布着せし、その上に絵を描いた舎利容器。円筒形胴体に円錐形蓋という形はこの地方特有のもの。楽器を演奏する楽隊や仮面をかぶって舞い踊る人物などを生き生きと描く。隋・唐時代の宮廷音楽の一つである亀玆楽の様子を想像させる。

[重要文化財]十一面観音立像龕

重要文化財 十一面観音立像龕(じゅういちめんかんのんりゅうぞうがん)
唐 8世紀 中国、陝西省 西安 宝慶寺 東京国立博物館所蔵

重要文化財 十一面観音立像龕(じゅういちめんかんのんりゅうぞうがん)
唐 8世紀 中国、陝西省 西安 宝慶寺 東京国立博物館所蔵

中国唯一の女帝・武則天(則天武后・623?〜705)が長安城内に造立した光宅寺七宝台に安置されていた石製龕。ふくよかな顔貌、張りのある肉体など、唐代仏教彫刻の高い水準を示す。

地蔵菩薩立像幡

地蔵菩薩立像幡(じぞうぼさつりゅうぞうばん)
唐 8世紀 中国、甘粛省 敦煌莫高窟第17窟(蔵経洞) 東京国立博物館所蔵

地蔵菩薩立像幡(じぞうぼさつりゅうぞうばん)
唐 8世紀 中国、甘粛省 敦煌莫高窟第17窟(蔵経洞) 東京国立博物館所蔵

仏堂を装飾する絹製幡の本体部分。蔵経洞封入後、1000年近く誰の目にも触れなかったため、鮮やかな彩色を今日まで伝えている。唐代中国仏教絵画の高い水準をよく示している。

 

大仏開眼供養記図(だいぶつかいげんくようきず)
平山郁夫筆 1975年 奈良 東大寺所蔵〈展示期間:4月3日〜4月30日〉

聖武天皇が743年に発願した盧舎那仏の開眼供養が、752年4月、インド人渡来僧の菩提遷那を導師に行われた。厳粛かつ華やかな開眼会の様子が、見事に描き出されている。

第4章 日本回帰―平和への祈り

 32歳で「仏教伝来」を発表してから、シルクロードと仏教伝来の道を中心に取材を重ね、新作を発表してきた平山氏は、平成に入り還暦を迎えた頃から、わが国各地に残る多くの人々が通ってきた古道(大和路、出雲路、熊野路、讃岐路、安芸路など)への関心を深めます。この「日本の美シリーズ」には、シルクロードの旅人を苦しめた沙漠の極端な乾燥状態とは正反対の、緑豊かで湿潤な自然に包まれた風景が描かれています。こうした国内取材旅行から生まれた日本の風景を描いた作品の中から、比叡山延暦寺、厳島神社、太宰府天満宮、富貴寺を紹介します。
 シルクロードと仏教伝来の道をくまなく辿った画家が、生まれ育った日本の風景と火災や戦乱をへてもなお廃絶せず今日まで信仰され続けてきた社寺の姿に、大いなる尊敬と誇らしさを抱いていたことが想像できます。
 原爆によって徹底的に破壊された広島と長崎に因んだ作品2点からは、画家の無念さとともに平和を強く願う気持ちが感じられるのではないでしょうか。

主な作品
 

宮島(みやじま)
平山郁夫筆 1997年 滋賀 佐川美術館所蔵

ご神体そのものの厳島(宮島)の自然と浄土信仰に基づく極楽浄土として平清盛らが建立した厳島神社の人工美を調和させた点が高く評価され、1996年に世界文化遺産登録された。日本の原風景。