館長あいさつ

Webサイト企画・館長特別インタビュー
『開館から半年、人と環境の間に- 新しいかたちの博物館 -

昨年10月16日、九州国立博物館が開館した。それから半年。来場者数は約133万人に上り、滑り出しは上々だ。訪れる人の心をとらえる魅力は何か。これまでの手応えや独自色を三輪嘉六館長に聞いた。

三輪嘉六[九州国立博物館長]

人々が吸い寄せられる型破りの博物館
半年の来場者数が133万人とはすごい数字ですね。

 今までの博物館ではなかっただけに、大変うれしいです。お子さんからお年寄り、しっかり文化財を鑑賞しようという個人から団体客まで客層もさまざまです。こうした多くの方々を迎えながら、館はどんどん特徴づいていくと思っています。
 私どもの基本的なコンセプトは、市民とどうやって共存していくかです。新しい博物館のあり方として最初から考えてきただけに、周辺地域、太宰府や参道の商店街、博多の町などから、波及効果が大なり小なり及んでいると聞こえてくることは大きな喜びです。

博物館の建物自体の魅力も大きいのでしょうか。

 そうですね、ごく常識的に博物館学的な教養や素養で外側から見ると、「博物館としてありえない」と感じられると思います。私も設計図を見た時は驚きました。大学で博物館学を教えていましたが、ガラス張りはありえないという昔流の教育を受けてきましたので(笑)。しかし、いろいろな工夫がしてあります。外側はモナカの皮のようなダブルスキンですが、内側は旧来の博物館の構造です。光が入らないとか薄暗いとかですね。つまり、本来の博物館に外側を薄い一枚の皮で覆った形という、建物としても魅力ある構造体となっています。

太宰府天満宮からエスカレーター、虹のトンネルを抜けると、緑に囲まれた博物館がある。非日常の、特別な空間へ連れていってくれる、というワクワク感があります。

 この博物館は環境と共にあるのです。実は、建てる段階からそれが焦点の1つでした。「みんなに親しまれるこれからの博物館」は、工事のときから周辺住民を含めて嫌悪感を持たれてはいけない。ほぼ2年間にわたってダンプカーが土埃をあげ、周辺の住宅街を走るというのは印象が良くありませんよね。
 そこで、例えば、初期の「切り盛り」という作業にしても、なるべく敷地内で済ませたり、PC(プレキャストコンクリート)板という方法で建物の本体を構築したりしました。そうすることでミキサー車の稼働やコンクリート打ち、汚水を流すことは最低限で済ませられるだろうと。
 完成した後に、みなさんがあの博物館へは行きたくないという思いを持ってもらいたくない。それにここはうまく対応していったと思います。
 周囲を見渡していただくと、池があって川があって、いわゆる里山という多くの人たちにとっての原風景に近いのではないかと思います。春にはうぐいすが啼き、ドジョウが泳ぎ、カエルが鳴く。夏は蛍、秋はトンボが飛んでいる。そういう里山の雰囲気に溶け込めるような「博物館づくり」を意識しました。立地を活かすことによって、教育普及、エコロジーのような環境問題もしっかり「博物館のテーマ」として出していくことができる。こうした総合的な取り組みをやっているつもりです。

来場者とスタッフ、皆でつくり上げていく
130万人という多くの人たちから支持されている理由の1つですか。

 来て下さる理由は色々だと思うのですが、初期の段階では参加意識が非常に強かった。九州国立博物館の1つの特徴なのですが、ここは「新構想博物館」と呼ばれているんです。何が新しい構想かといいますと、まず、つくられてくる経緯が新しいのです。ふつう、博物館は文化庁や文部科学省、つまり国がつくります。九州国立博物館は、文化庁(国)がつくっていますが、県も参加している。更に住民も参加している。つまり市民からの寄付金です。その割合は国が5、県が4、市民が1(市民からの寄付金は40数億円になりました)。
 ある日、父親らしき方が家族に向かって、「あの辺が俺の1万円分なんだよな」なんて話されていたことがありました。また2年前、私がこちらへ就任した時のことです。たまたま乗ったタクシーの運転手さんが「私はこの博物館に20万円出している」とおっしゃった。私は思わず襟を正しました。これは私どもの兄弟館である東京や京都、奈良の国立博物館とは違う。
 来場者はふつうのおじさんやおばさんが多いですよ(笑)。それと、ものすごく子どもたちが多いんです。

教育普及を熱心にされているそうですね。

 はい。ここでは新しい取り組み方の1つとして教育普及を掲げています。例えば「学校より面白く、教科書より分かりやすく」という視点で、子どもたちに博物館の面白さや良さをしっかり分かってもらおうとしています。
 また、「日本文化の形成をアジア史の視点で知る」というコンセプトに応じた教育普及も行っています。
 この建物の「定礎」は、当時中学2年生の地元の生徒に書いてもらいました。ふつう、小泉首相とか県知事といった立場の方が書くのですが、ここでは子どもたちを大切にしていくんだという姿勢を、私たち自身が常に思い出すように戒めの念もこもっているのです。

日本の博物館で教育普及について、あまり聞かないような気がします。

 そうなんです。教育をリードしていくミュージアムエデュケーターが日本の場合、ほとんど育っていません。日本は世界でも最も多くの博物館を持っている国の1つだと思います。自然系まで含めたら5000館くらいあります(プライベートミュージアムも含めて)。ですが、教育機関としての方向づけは見えていない。ここでは新しいモデルみたいなものをしっかり出していきたいですね。
 ただ、教育普及は我々だけでできることではありません。地域の学校と協同していけるように、これからスキームを作っていくことになります。130万人という入場者をベースにして、各大学等に呼びかけて研究活動を含めてですが、連携、協力していきたい。新しい展開を考えていきたいと思っています。

目の不自由な人も楽しめる
開館後、意外な発見はありましたか。

 私たちも考えていなかったことですが、来場者の中にしょうがい者の方々が非常に多いんです。これは私にとっても非常に新しい発見でした。他の博物館・美術館では多分、あまり見られないと思いますね。私たちが把握している限りで、海外並みの水準です。しょうがい者の方でも展示に触れたり匂いをかいだり、博物館らしい騒音を聞いたりと、色々な形で博物館を感じ取ってくださるのです。  五感を使った展示というのは、この博物館の1つのあり方ですが、1階の子どものための総合体験広場「あじっぱ」でも、当たり前のようにやってます。五感で感ずるところがあれば、しょうがいの有無にかかわらず楽しんでもらえると思っています。

天満宮からのエスカレーターも車椅子用があって安心しました。そして皆さんの親切な対応が印象的です。

 スタッフだけでなく、ボランティアの人たちと共につくっていければとの思いもあります。今、この館で登録されているボランティアは300名。17歳から82歳くらいまで、1都1府7県の人たちが参加してくれています。毎日50人位の方が、通訳であったり、しょうがい者のお手伝いであったり、様々な館の活動に従事してくださっている。そういう流れを今後、兄弟館にも呼びかけながら拡大し、国内外で新しいボランティアのあり方、ネットワーク作りなども探っていけたらいい。私自身も期待しているところです。

常に変化し続ける博物館の理想型
現在の特別展が「琉球展」だからかもしれませんが、1階のエントランスホールから明るくにぎやかですね。

 九州国立博物館は、ミュージアムホールや、ある程度広さと空間のあるエントランスホールを持っています。そういうところをなるべく100%使いたいです。展示に関する様々なことを、色々な形で皆さんに楽しんでもらいたい。
 今はおっしゃる通り、琉球一色です。会期中、歌や踊りもあるでしょうし、それを見にくるだけの方も、参加する方もいるかもしれない。あるいは琉球の品々を買いに来る方もいるかもしれない。こうした展示だけに限らない総合的なとらえ方は、新しい博物館のあり方として今後も提案したいし、取り組んでいきたいですね。
 例えば、展示会場で音楽会をやる。モーツアルト、バッハ…なんてどうでしょう。こんなあり方を今、手探りしている最中なんです。来て下さった130万人の方々が、私たちにそういう発想を高める勇気を与えてくれました。

リピーターは多いんですか?

 意外に多いと思いますよ。親しい人に聞くと、あの人はもう5回目だよとか。4階の文化交流展示室、いわゆる常設展示では約800点を展示しています。でも、実は展示しっぱなしじゃないんですよ。1年のうち半分ぐらいは入れ替えようという考え方です。月に30〜50点くらい展示替えをしています。いつ来ても新鮮さを保っている。だから、私どもでは「常設展示室」と言わず、「文化交流展示室」と呼んでいるんです。

京都や東京の国立博物館では展示替えはないんですか?

 常設の場合、ほとんどないと思います。もちろん保存上の問題で替えることはありますが。展示替えは温度や湿度の調節をしたり、実は結構大変なんです。
 常設展といわれると、1年間ずっと同じ展示というイメージがありますよね。そう思われたくないこともあって、ここでは禁句なんです。私は「常設展はどこですか」と聞かれると、「ありません」なんて言っちゃうんですが(笑)。
 勝手な思い入れみたいなことはありますが、いかに新鮮な思いで見ていただけるか、130万人の方々をいかに次につなげていくかという努力が大切だと思っています。

文化財保存環境は世界一
保存といえば、こちらの博物館ではかなり力を入れていると伺っています。

 私はここの文化財の保存環境は世界一だと思っています。持っている文化財が多くない裏返しでもあるんですが、ここでは借りられる環境をつくっているんです。つまり、虫やカビのいない施設であり、文化財が保存されるにいい環境ですね。九州国立博物館ならぜひ貸したい。あそこに貸しておけば保存は完璧、虫やカビは絶対大丈夫だと思ってもらえるような。それが大切なんです。
 今、海外が心配しているのは関西の大震災以来、地震です。日本に貸したくない。貸すならべらぼうな保険料をかけるとか。保険料だけで1展覧会分の経費くらいかかったりするんですよ。でも、九州国立博物館には免震装置があります、危機管理がしっかりしています、保存環境が整っていますと胸を張って言えるわけです。
 これから文化財の保存は環境が「鍵」だと思っています。今までは世界中で、くん蒸の薬品の使用を行ったりして保存していました。でも、それが地球温暖化の要因になるといって、文化財の総合的な人的管理に変わって来ました。いい環境をつくって保存する。言い方を変えれば、日本の昔のやり方に戻った。正倉院には今から1000年以上前のものがいまだに残っているじゃないかと。大事なものは桐箱の中に保存しているでしょう。ここでも桐を利用しています。
 最初にも申し上げましたが、九州国立博物館は環境が切り口なんです。大勢の人々が来場してくださるのはうれしいですが、でも、もし1日2万人の方が来たら、酸欠状態になってしまいますね。そのために、博物館科学課で働く人たちが、観る人達にとって良い空気を、一生懸命作る準備をしている。文化財も大事ですが、ここを訪れて下さる方たちが「九州国立博物館へ行ったらリフレッシュできた」というような気持ちになってもらいたい。それが私たちの願いなのです。

三輪嘉六[九州国立博物館長]

[聞き手:坂口さゆり(フリーランスライター)]

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