特別展
会期
平成23年9月27日(火)〜11月27日(日)
休館日
月曜日
*ただし10月10日(月・祝)は開館、11日(火)休館。会場
九州国立博物館 3階 特別展示室
開館時間
午前9時30分〜午後5時
(入館は午後4時30分まで)
出品目録
観覧料
一 般 1,300円(1,100円)
高大生 1,000円(800円)
小中生 600円(400円)
*( )内は前売りおよび団体料金(20名以上の場合)です。
*上記料金で九州国立博物館「文化交流展(平常展)」もご覧いただけます。
*障がい者等とその介護者1名は無料です。展示室入口にて、障害者手帳等をご提示ください。
*満65歳以上の方は前売り一般料金でご入場いただけます。チケット購入の際に年齢が分かるもの(健康保険証・運転免許証等)をご提示ください。
*キャンパスメンバーズの方は団体料金でご入場いただけます。チケット購入の際に学生証、教職員証等をご提示ください。
主催
九州国立博物館・福岡県、西日本新聞社、RKB毎日放送、内蒙古博物院
共催
(財)九州国立博物館振興財団
出品協力
内蒙古自治区文化庁、内蒙古自治区文物局、内蒙古文物考古研究所
後援
外務省、文化庁、中国大使館、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、九州・沖縄各県教育委員会、福岡市教育委員会、北九州市教育委員会、太宰府市、西日本リビング新聞社、cross fm、FM FUKUOKA、Love FM、西日本鉄道、九州旅客鉄道、一般社団法人 日本自動車連盟 福岡支部、福岡県私学協会、福岡商工会議所、(社)福岡市タクシー協会、太宰府市商工会、太宰府観光協会、一般社団法人 日本旅行業協会 九州支部、西日本文化サークル連合、 日本新聞TNC文化サークル、九州中国内蒙古友好文化協会
協賛
(財)福岡文化財団
企画協力
大広
特別協力
太宰府天満宮
協力
日本航空、国際ソロプチミスト太宰府
お問い合わせ
050-5542-8600(NTTハローダイヤル午前8時〜午後10時)
今からおよそ1000年前の東アジア世界は、唐王朝の滅亡をうけて各地に新たな国が登場する「変動の世紀」といわれます。そうしたなかで、いちはやく国づくりに着手し、強大な勢力を築き上げたのが契丹国です。
遊牧の民を主体とする契丹国は、彼ら自身の文化を保持しながらも、北宋、高麗、西夏、ウイグルなど周辺諸国との活発な交流によって富み栄え、その名は世界を駆け巡りました。ロシア語の「Китай(キタイ)」、英語の「Cathay(キャセイ)」のように、中国大陸を指す言葉として「契丹」の名はいまに息づき、彼らがのこした文化遺産は1000年の時を経てなおも輝き続けています。
本展の中核をなすのは、契丹国を生きた3人の女性にまつわる品々。未知なる契丹文化との出会いは、私たちに新たな感動を呼び起こしてくれることでしょう。
最後になりましたが、本展を開催するにあたりご尽力賜りました内モンゴルと日本の関係機関の皆さまに心から御礼申し上げます。
主催者
2003年に発見されたトルキ山古墓は、非常に簡素な作りの墓でありながら、中は豪華な副葬品であふれていた。副葬品の多くは唐の遺風を感じさせ、その質の高さは被葬者が第一級の皇族クラスであることを示す。葬られていたのは、契丹国建国の祖、耶律阿保機(やりつあぼき)と比較的近い人物とする見解が有力。
鏡箱、鏡 2羽のオウムが舞う鏡と、その鏡の寸法にあわせて特注した豪華な鏡箱。箱の表面に嵌め込んでいた玉や貴石のいくつかはすでに失われているが、これはプリンセスが長く愛用したことを示唆する。蓋の裏には夫婦が音楽鑑賞を楽しむ場面を巧みな彫金技法で表す。プリンセスの若かりし頃の姿をうつしたものと思われる。 |
金箔の鳳凰や牡丹唐草をあしらう豪華な木棺。蓋に傾斜をつけた片流れ式といわれるこのような形状の棺は、北魏や唐といった北方民族がたてた国で愛用されていたもので、契丹がこれらの国々と文化的につながっていることを示している。棺の正面には扉があり、契丹人の門衛が警護している。
18歳のプリンセスと黄金のマスク
18歳で亡くなった陳国公主。その顔を模して制作し、埋葬の際につけたもの。このような埋葬用の仮面を用いるのは契丹皇族に特徴的な埋葬習俗であり、宋代の文献記録にも登場する。陳国公主の祖父は契丹第5代皇帝の景宗耶律賢(やりつけん)。その血統にふさわしい上質の仮面である。
鳳凰文冠 陳国公主が埋葬の際につけていた銀の冠。湧き立つ雲気とともに舞い上がる鳳凰をあらわす。契丹の皇族は生前もこのような形の冠を着用していたが、本品は埋葬用に作られたものと思われる。 |
白塔に捧げた祈り
契丹の皇帝を祀る慶陵地区へ至る途中に、慶州釈迦仏舎利塔(けいしゅうしゃかぶっしゃりとう)(通称:白塔)が建つ。契丹仏教がもっとも興隆をみた11世紀半ば、1049年に建立された。白塔の頂上部からは極彩色の奉納品が数多くみつかり、その中核をなすものがこの銀製鍍金の塔。側面には白塔の発願者である章聖皇太后とおぼしき人物を表す。塔の頂上には一羽の鳳凰。その立ち姿はわが国の宇治平等院の鳳凰にも通じる。
釈迦涅槃像 伸ばした体の右側を下に、安らかな表情を浮かべて涅槃(ねはん)に入る釈迦の様子を表した大理石製の像。白塔から発見された3体の涅槃像のうちの一つで、緑と赤による彩色が美しい大型の作品。釈迦が横たわる棺台には獅子が表情豊かに表される。 |
馬にまたがり、草地をもとめて移り住む…。契丹は馬とともに暮らす遊牧民である。彼らは建国後もその習俗を保ち続け、契丹皇族の墓には美しい馬具が納められた。契丹の馬具は実用性と装飾性を兼ね備え、南に対峙する宋国においても「天下第一」との評価を受けていた。
侍者像 亡き主人に仕えるべく作られた契丹人の侍者像。長い衣は乗馬の際には背面で左右に分かれるようになっている。腰には狩猟用の錐(きり)をさげる。頭頂部のみを大きく剃り落とす髪形は契丹人に独特のものであり、髠髪(こんぱつ)と呼ぶ。契丹の風俗を伝える数少ない立体造形物。 |
契丹は唐の文化や制度を意識しつつも単なる模倣にとどまることなく、新しい時代にふさわしい新しい文化を創造するに至った。謎多き王女が眠るトルキ山古墓や、大臣耶律羽之(やりつうし)の墓からは数々の金銀器が出土。花が咲き、鳥が舞うその意匠は、唐の雰囲気をのこしながらも、よりおおらかで優雅な香りを感じさせる。
金製指輪 トルキ山のプリンセスがはめていた指輪。浮き草と魚を彫り込んだプレートに、一匹の蛙がたたずむ。細かな彫金技法が生み出した逸品。 |
鳳凰文盤 旋回しながら向かい合う2羽の鳳凰と唐草をあらわした鍍金銀盤。文様の合間は魚々子(ななこ)とよぶ列点文で充填する。唐代に完成した意匠と技法を継承した契丹金属工芸の粋。この盤の持ち主である耶律羽之(やりつうし)は契丹国で大臣職をつとめた。 |
契丹は大草原に築いた5つの都市を拠点として、東は高麗、南は北宋、西は西夏などの国々と緊密な交流を保った。さらにはウイグルなど中央アジアの国を経て、イスラム地方との交易も活況を呈し、契丹の首都にはウイグル商人の居留地が営まれるほどであった。
ガラス瓶 花模様をカットした吹きガラス。10世紀末から11世紀初頭にかけての契丹は、西夏の李継遷(りけいせん)が北宋に背いて契丹側についたことをうけて、西夏を経由する西方諸国との交易が活発化した。本例のようなガラス器も、朝貢使節やウイグル商人等によってもたらされたのだろう。 |
契丹国は「仏の意志にしたがうことで、皇運が勃興した」と記録されるように仏教国家であった。はるか草原地帯に建つ仏塔―白塔。章聖皇太后の発願によるこの仏塔は、亡き夫である第6代皇帝聖宗の追善供養のために建てられたもの。近年行われた塔頂部の調査で、極彩色の奉納品が次々と姿をあらわした。
十方仏塔 印刷された法華経を収めた大型の舎利塔で、部材は轆轤(ろくろ)で成形されている。あらゆる方角をまもる十方仏は、いずれも通肩で両手を衣で覆い、雲に載った蓮台に坐る。青・赤の絵の具と金箔を用い、鮮やかな色合いで装飾されている。 |