過去の展示情報

トピック展示 :

中世の造形 - 鎌倉〜室町時代の日本工芸 -


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展示期間:

平成21年6月24日(水)〜8月2日(日)

展示場所:

文化交流展示室関連展示室関連第9室

展示内容:

日本中世(鎌倉〜室町時代)に多様な展開をとげた工芸品(金工、漆工、陶磁器など)の数々を紹介します。

概要:

 工芸とは、実用性をもちながら、形や技法に美にそなわった造形で、陶芸、染織、漆工、金工、木竹工、ガラスなどが挙げられます。それは何気ない日々の暮らしの営みから、あるいは神仏への信仰儀礼や覇権を争った戦まで、その生活の中で用いられる器物・道具・服飾などです。

 中世は貴族中心の社会から武家社会へと移り、民衆文化が芽生え、また一方で中国や朝鮮半島との交流も行われました。
 こうした要因が絡み合い、日本の工芸が多様な展開を遂げた中世の造形の数々をご紹介します。

主な展示品:

主な展示作品
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展示作品の紹介
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英彦山三所権現御正体

重要文化財
英彦山三所権現御正体(ひこさんさんしょごんげんみしょうたい) 3面
鎌倉時代・13世紀 福岡・英彦山神宮所蔵
(写真は英彦山三所権現御正体のうち伊邪那岐尊像)

重要文化財
英彦山三所権現御正体(ひこさんさんしょごんげんみしょうたい) 3面
鎌倉時代・13世紀 福岡・英彦山神宮所蔵
(写真は英彦山三所権現御正体のうち伊邪那岐尊像)

御正体とは、仏像や神像を、銅鏡の鏡面に線彫りしたり(鏡像(きょうぞう))、あるいは円盤に立体的な像を取り付けたり(懸仏(かけぼとけ))して、それを寺院や神社の軒先や堂内に掛けたものである。現存する作例をみると、平安時代中期10世紀ころから鏡像が登場し、やがて平安後期12世紀には像が立体化しはじめ、鎌倉時代13世紀以降は圧倒的に懸仏形式が多くなる。
この御正体は、古くから修験道の霊場として信仰を集めてきた英彦山(古くは彦山)の三祭神を表したものである。肉取りが豊かで、厳かな像の表現は、高い技術と古い様式を示しており、鎌倉時代の中でも早い時期に制作されたと判断される。写真はこの三祭神のうち、忍骨尊像(おしほねのみことぞう)、伊邪那岐尊像(いざなぎのみことぞう)である。

亀甲地螺鈿鞍

重要文化財
亀甲地螺鈿鞍(きっこうじらでんくら) 1背
平安時代後期・12世紀(螺鈿は鎌倉〜室町時代・14〜15世紀) 九州国立博物館所蔵

重要文化財
亀甲地螺鈿鞍(きっこうじらでんくら) 1背
平安時代後期・12世紀(螺鈿は鎌倉〜室町時代・14〜15世紀) 九州国立博物館所蔵

前輪(まえわ)、後輪(しずわ)をたて、その間に居木(いぎ)とよばれる2枚の板を渡して構成された、和式の鞍である。全体に黒漆を塗り、亀甲文の螺鈿(貝を文様に切り、嵌める技法)で装飾している。両輪の外側に「海」、「磯」と称する起伏があり、いわゆる海有鞍(うみありぐら)の形をとる。磯は両輪とも広く、緩やかに盛り上がっており、海はこれに比して幅が狭い。居木の幅は広く、後輪は大きく後方に張り出した立体的な形をとる。こうした形態は平安時代後期12世紀の特色であるが、平安時代の螺鈿では、夜光貝(やこうがい)を用いるのが通例なのに対し、これは夜光貝ではなく鮑貝(あわびがい)を使用しているとみられるところから、螺鈿装飾は後世にほどこされたものと考えられる。こうした螺鈿を全体にあしらった鞍は螺鈿鞍(らでんぐら)と呼ばれ、鎌倉時代に技術・表現の最盛期を迎える。この鞍もそうした螺鈿鞍を意図し、中世に螺鈿が加えられたものと思われる。

担当研究員のコメント

「九州国立博物館で中世の日本工芸を取り上げるはじめての機会です。多様な材質・技法の中世工芸を、お楽しみください。」

伊藤信二(企画課研究員)