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赤米が復活してからというもの、様々なところで赤米の活用が始まりました。まずは、赤米による地域活性化です。赤米復活の地となりました、京都府京丹後市(旧竹野郡)弥栄町では、地名が入った赤米木簡がきっかけで、「地域活性化」の取り組みが始まりました。赤米田植祭や収穫祭が行われるようになり、また、赤米献上飛脚の旅と称して、弥栄町から奈良市まで飛脚便で赤米を運ぶという計画も実施されました。さらには商工会の村おこし事業として、赤米酒、おかゆ缶詰、にごり酒などの「ふるさと産品」の開発も行われました。日本各地でも赤米による町おこし・村おこしが盛んに行われるようになりました。 日本三箇所の神社で連綿と受け継がれてきた「赤米神事」の他にも、各地の神社で「赤米神事」が行われるようになりました。丹後一宮元伊勢籠神社の赤米神事は大々的な赤米神事として有名です。昭和60年(1985年)11月23日には、南北朝以来700年間途絶えていたといわれる「赤米新嘗祭」が復活しました。翌年からは「赤米田植祭」も復活しました。筆者も昭和63年の「古代赤米御田植神事」「古代赤米新嘗祭大祭」に参列させていただきました。(写真左下先頭は筆者)
全国的な広がりを見せた赤米活用で忘れてはならないのは「赤米教育」です。赤米復活以来、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、短期大学、大学と、赤米を活用した教育の取り組の輪が広がっていきました。筆者も平成3年(1991年)から勤務先の京都文教短期大学初等教育専攻の学生たち対象に、赤米の田植えから草取り、収穫、試食と、一連の赤米体験学習を取り入れました。翌年の平成4年からは付属の文教小学校でも、2年生対象に、体験重視の生活科の授業に「赤米体験学習」として取り入れました。100平方メートルの水田で、約40名の児童たちが貫頭衣を着て、25センチメートルに生長した赤米の苗を植えていきます。田植えには約26センチメートル間隔で赤い印をつけた昔の定規を用います。 ![]() 赤米の田植 ![]() 赤い穂 ![]() のこぎり鎌による稲刈り ![]() 千歯こきによる脱穀作業 籾すりは、教室で、家庭用のすり鉢を使って行います。籾から赤米の玄米が飛び出すと歓声が起こります。 田植えや稲刈りなど、子どもたちが直接感じたこと、気のついたことを表現することも重要な学習です。表現活動として絵日記を書いてもらいます。子どもたちは様々な感じ方、とらえ方をします。
自分たちの栽培した赤米は、給食の時間にご飯として食べますが、普段1膳しか食べない子どもたちがおかわりをします。また、赤米を粉にして作った赤米ケーキは子どもたちには大変人気があります。 ![]() 給食(赤米のご飯と赤米ケーキ)
《次回は4月上旬掲載》
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