イメージろじ[路知]
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イメージ第十二回(終)
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イメージ 連載:梵鐘の響 〜鐘の音を聴くとき〜 第十二回
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イメージ 吉津 晶子
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イメージ永観堂鐘
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慈悲の響きを求めて
 ガイドブックに載ってはいないが、歴史を伝える梵鐘、美しい音色の梵鐘、そして寺域の片隅で慈悲の響きをその鐘身から伝える梵鐘がある。秋の観光シーズンともなれば、たくさんの観光客が押し寄せる永観堂に、その梵鐘はあった。永観堂はモミジの見事さで有名であるが、それ以上に「みかえり阿弥陀さま」で有名であろう。
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雨に霞む永観堂(禅林寺)
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イメージ「永観堂ものがたり」より引用
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なむあみだぶつ なむあみだぶつ
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永保二年二月十五日。その日も永観は阿弥陀堂で念仏行道をしていた。
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夜を徹した行ももうそろそろ終わりだが、夜明けまでにはまだ少しある。
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凍てついた堂内では、時おり、蝋燭のほかげが永観の姿を映しだしていた。
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ふと何かの気配。思わず息をのむ。
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壇から降りて前を歩かれているのは、ご本尊の阿弥陀如来。
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すっと首を左にひねって永観を見られた。
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— 永観、遅し

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提供:永観堂
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 この阿弥陀堂より石段を下った本堂右手側に永観堂梵鐘はある。鐘楼は慶長元年(1596)建立、江戸時代の宝永4年(1707)に再建。梵鐘は三回鋳造ないし再鋳造されたということが、結城浩徳氏の調査によって明らかにされている。第一回が文禄5年(1596)安土桃山時代。第二回が宝永5年(1708)江戸時代。そして現在の梵鐘である第三回が寛保3年(1743)江戸時代ということである。
 派手な文様が鋳出されているわけではないが、陽鋳された鐘身には凝った造りの乳(蓮の蕾)と、梵鐘の歴史を伝える銘文がならび、歴史的な重みを感じさせてくれる。裏側にはびっしりと陰刻で人名が刻み込まれており、多くの人々の物心両面からの思い、そして慈悲のこころが伝わってくる。
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永観堂鐘
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蓮の蕾の形をした乳
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慈悲のこころ
 仏教の積極的な社会関与として三福田の中の悲田説が有名であるが、この悲田は福祉的対象に布施をすることを説くものであり、福祉実践の根拠となる愛他理念である。つまりは仏教の慈悲を体現するものである。永観律師(ようかんりっし)は、貧しい病人のために、境内の梅の木の実を施療に用いたといわれ、社会福祉事業に貢献された。今も残る悲田梅には、永観律師の慈悲のこころを受け継いだ人々の思いが残っている。
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悲田梅
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 この慈悲のこころは、現在の京都府立病院の前身にあたる病院(療病院、癲狂院)の設立へと受け継がれていくこととなる。
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永観堂鐘
 全ての音をかき消すかのような豪雨の中、鐘楼では粛々と準備が進められている。降り続く雨のため、永観堂のお庭が池のような状態である。鐘楼の屋根に叩きつける雨音も激しく、梵鐘の音がどのように響いてくるのか少々心配になっていたが、案内をしてくださった結城氏は、「雨が降っているときの音がいいのです」と笑顔で答えてくださった。しかしこの豪雨である。降りやむ気配も雨足が弱くなる気配も全くない。雨靴の中に雨が降り込む冷たさを感じながら第一声を待った。
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♪梵鐘の音を聴く♪
wavファイル][AIFFファイル]956KB

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結城浩徳氏の計測結果より
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 鐘楼を斜めに見上げる位置から梵鐘の声を聴く。湿気で撞木のアタリが柔らかいのだろうか、優しい響きだ。アタリからE♭(ミ♭)の音が前面に聞こえ、オシ・オクリの部分を基音であるf1のC#(ド#)とf2のC#(ド#)が1オクターブで重なり重厚感を醸し出している。譜面に起こしてみると明らかにDur(長調)の和音なのだが、聞こえはmoll(短調)に聴こえるのは私だけだろうか?寂しさ・悲しさといった、こころの琴線を揺らし、共鳴するような響きであった。
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聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺
(しょうじゅらいごうざん むりょうじゅいん ぜんりんじ)
 永観堂の歴史は大きく三つの時代に分けられる。最初は真紹僧都から永観律師(ようかんりっし 1033−1111)が住職になるまでの約220年間で、真言密教の寺院としての時代である。次は永観律師から静遍僧都(じょうへんそうず 1166−1224)までの約140年間。この時代は、真言密教と奈良で盛んだった三論宗系の浄土教寺院であった。その後、浄土宗の寺院となり、現在に続いている。
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永観堂のモミジ
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参考文献
清水海隆「仏教福祉の思想と展開に関する研究」 大東出版社(2002)
浄土宗西山禅林寺派本山部「永観堂ものがたり」 永観堂禅林寺(2005)
結城浩徳 「永観堂の梵鐘」(2006)
http://www.eikando.or.jp/Bonsho.pdf
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永観堂禅林寺オフィシャルサイト
http://www.eikando.or.jp/index.htm
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 ここまで1年間をかけて「梵鐘の響」を追いかけてきた。どの梵鐘も季節ごとの風景の中に溶け込み、梵鐘の音だけではない、歴史や文化といった背景も楽しませてもらったように感じる。ここで第一部の終了とさせていただき、新年から第二部を開始させていただきたいと思う。まだまだ日本国中に素晴らしい梵鐘が残っている。梵鐘との新たな出会いのため、読者の皆様から、ぜひ情報をお寄せいただきたいと願っている。
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