Web連載『博物館のひみつ』

[アーカイブ]Web連載『博物館のひみつ』第1部 環境を守る
No.04: 虫との闘い
- IPM(Integrated Pest Management)総合的有害生物管理への取り組み

 博物館に収蔵・展示されている文化財や資料は、さまざまな材質からできています。木材や紙、皮革、布、膠(にかわ)、糊(のり)などの有機素材は、昆虫の餌やすみかとなって損傷を受けやすく、この虫害から文化財を守ることは博物館の大切な役割です。

 従来の博物館では、虫害が発生してから強力な薬剤で駆除することが多かったのですが、この薬剤は地球温暖化の原因になるオゾン層破壊物質として全廃することが国際条約で決定されました。そこで新たに取り入れられたのが、予防に重点をおいた総合的な有害生物の管理(IPM)です。できるだけ薬剤に頼らず、人の目と手による日常の点検や清掃などの予防を第一にして、虫やカビなどの有害生物を防ぎ、もし被害が発生した場合にも環境にやさしい方法で駆除するという管理の方法です。

 九州国立博物館は、建築中からIPMに取り組み始めました。館内で用いられる木材は天井に貼り付けられた無数の間伐材、収蔵庫の壁材など多様です。建築終了後の薬剤処理の必要がないように、建築に使用する原材料から虫・カビなどの有害生物を排除し、建築工事では有害生物の餌となるものを持ち込ませないことを徹底しました。

 虫やカビは、水(湿気)、食物、空気、温度、光など一定の条件が合えば、次々に繁殖して文化財への被害は加速度的に増大します。そのため早期の発見がきわめて重要なのです。博物館は文化財にとって最適な環境を維持しています。つまりこの状態は、虫にとっても年中繁殖しやすい環境にあるといえます。また、生物はいずれも食物連鎖で繋がっていることから、文化財にとって直接的に害のない生物であっても文化財害虫などの餌となることもあるので、建物内に多くの生物がいることは文化財にとっていい環境とはいえません。

 建物完成後から現在まで、建物内に虫を入れない・繁殖させないために、粘着トラップによる生物モニタリング調査等を実施して日常の点検・清掃に努めています。また、外部から搬入される文化財はすべて厳しく点検します。文化財害虫は卵や幼虫として潜り込んでいることもあるので、怪しいものは隔離・観察後、必要に応じて「低酸素濃度処理」や「二酸化炭素処理」などの有害生物処理を施します。

 このように有害生物の早期発見と対策を徹底させながら総合的有害生物管理(IPM)が行われています。かけがえのない貴重な文化財を守り、次の世代へ渡していくことは博物館ばかりでなく私たち世代全体の責任でもあります。

[2005.11.15掲載]
粘着トラップ(7×12cm)

粘着トラップ(7×12cm)

収蔵庫でのトラップ設置作業

収蔵庫でのトラップ設置作業