過去の展示情報

トピック展示 :

国宝 古文書展


展示期間:

平成20年10月29日(水)〜12月7日(日)

展示場所:

文化交流展示室第11室

概要:

 古文書とは、先人達が残した文書(手紙・証明書)のことです。そこに書きしるされた文章を解読することで、先人たちをとりまいていた時代背景を知ることができます。

 古文書には発信者と受信者のさまざまな思いもこめられています。ある領域を統治する権力者が文書を発信するとき、みずからの統治理念を視覚的なカタチ(料紙の材質・形状・色彩・書体、花押・印章など)として文書の中に反映させています。鎌倉時代から安土桃山時代にかけての天下人たちの文書、あるいは東アジア・東南アジア諸国の皇帝・国王たちの文書は、じつにバラエティ豊富です。一方、受信者側にも文書を受信しなければならない切実な事情がありました。みずからの権利や財産を守りぬくため、より上位の権力者から文書(証明書)を獲得していたのです。そうした重要な文書は、親から子、子から孫へと、数百年ものあいだ大切に受けつがれ、現在も「古文書」として存在しています。

 今回の「国宝 古文書展」は、国宝、重要文化財指定品をはじめとする貴重な古文書の数々をあつめた展覧会です。この機会に奥深い古文書の世界をご堪能ください。

展示リスト:

主な展示作品
展示作品の紹介
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喜界島関係文書 辞令書

喜界島関係文書 辞令書
琉球・第二尚氏時代17世紀
文化庁

喜界島関係文書 辞令書
琉球・第二尚氏時代17世紀
文化庁

 万暦34年(1606)、首里(那覇市)に王府のあった琉球国王が金多羅(きんたら)を「荒木目差(あらきめさし)」から「手久津久大屋子(てくつくのおおやこ)」に昇任させた辞令書。奄美諸島の喜界島にある荒木間切(あらきまぎり)という行政区に関わる役人の任命書である。このように、琉球は明治12年(1879)の沖縄県設置まで独立した国家であり、日本とは別個の支配体制を有し、国家的支配を維持していくための独自の文書を発給していた。ここに捺された二面の朱印には「首里之印」という文字が刻まれ、琉球王府の印であることが知られる。また、文書に記された発給年「万暦三十四年」という年号は日本のものではなく、中国・明朝(みんちょう)の年号である。中国年号を使用していることにも独自の年号を持つ日本とは異なる特徴をみることができるし、琉球王国が中国の王朝を中心とする東アジアの国際関係の中の一国であったことがよく分かる。また、用いられている紙も、その風合いからみておそらく中国から輸入された竹製の紙である。琉球王国は、古くは東南アジア諸国とも貿易をおこなった海の王国であったし、この頃にも中国との貿易が盛んであった。
 この3年後、琉球王国は島津氏に攻められ、独立を保ちながらも実質的には薩摩藩の支配下におかれることになった。さらに、喜界島を含む奄美諸島は、これ以後、薩摩藩に割き取られて薩摩の領国に編入された。この島津氏の琉球侵略以前を古琉球時代という。古琉球時代の辞令書は数が極めて少なく、貴重である。同時に展示している万暦31年(1603)のもう一通の辞令書とともに、当館に収蔵されるまではほとんど存在が知られていなかったものである。